雑誌掲載

日本呼吸器外科学会雑誌 2020年 34巻 6号 巻頭言 外科医の本分と失敗

「日本呼吸器外科学会雑誌 2020年 34巻 6号」の巻頭言に掲載されました。

日本呼吸器外科学会雑誌 2020年 34巻 6号

外科医の本分と失敗

世界が新型コロナウイルスの脅威にさらされている。

医療人でありながら立ちすくむしかない外科医の無力さを痛切に感じている。
世界各地の犠牲になられた方々に対し、心からご冥福をお祈りいたします。

呼吸器外科医を志し早いもので41年が経過した。
その半数以上の年月を内視鏡下手術に携わってきた。
小開胸併用、内視鏡補助下、完全内視鏡下とその変遷により胸壁の破壊が小さくなり手術侵襲は圧倒的に少なくなった。
内視鏡下手術への特化、適応したデバイスの進化も伴い、呼吸器外科対象疾患のほぼすべてが内視鏡下手術の適応となり、標準手術のひとつになった。
手術内容は従来と変わらないものの、通常開胸ではほぼあり得ないことがこの内視鏡下手術では発生することがある。

私は内視鏡下胸腺手術を推し進めてきたひとりであり、本術式の優位性とピットフォールを伝える目的から手術成績の発表とともに経験した失敗(エラー)をその都度、迅速に発表してきた。
18年前に本誌学会総会で胸腺腫の左腕頭静脈損傷例をビデオ発表した時に会場から一同に発せられた“ウオー”という唸り声は今でも忘れられない。
本手術が正しく伝わっていくための注意喚起として発表したのである。
しかしここ数年相次いで、内視鏡下胸腺手術で大血管損傷による死亡例が法律関係者から報せられることになった。
それらの手術内容を知り再発を予防することが本手術を継続する外科医の責務と考え、突然の死で悲嘆にくれるご家族へ開示の許可を懇願してきた。
ご家族はみな趣意を汲んでいただき開示を承諾され手術内容は確認できたが、術中ビデオの閲覧はいずれもできなかった。
内視鏡下手術では映像という非常に客観的な記録が残されているのに医療訴訟となればその記録は現出されない。
これが医療訴訟の現実であり、外科医は真に学べないのである。
ご家族の“事実を知りたい”もう二度と起こしてほしくない”という精一杯の負託にもこたえられないのである。

なぜ同じ内容の手術エラーが続くのであろうか。
なぜならエラーを認め、客観的に分析し、その情報を公開し、すべての外科医が共有するという行為ができないからである。
他科の話になるが、現在の器械吻合でない時の胃切B-I再建法は100人100様であった。
多少なりとも縫合不全や狭窄などのエラーを経験してきた土台から自前の吻合法があるのである。
呼吸器外科医の気管支断端閉鎖法もそうであった。
患者さんから多くのことを学ばせていただいたから今の自分の外科手技があるのではないだろうか。

エラーを認め共有化するまでのサイクルを回さない限り、手術エラーは繰り返され、やがて大きなエラーへと繋がるのである。
これはなにも内視鏡下胸腺手術時の左腕頭静脈損傷ばかりではない。
内視鏡下肺葉切除時の肺動脈損傷によ る失血死でも責任をとり呼吸器外科医を辞される医師は少なくない。
患者さんを救うため内視鏡下手術に果敢に取り組んだ外科医を見捨ててはいけない。
エラーを公表し共有化するシステムを構築しなかった責任は我々呼吸器外科医全員にある。

本誌学会はこのシステムの構築を行い手術エラーの発表に賛辞が送られる組織になっていただきたい。

外科医の本分と失敗とは逆理にあるが、人は失敗からしか学べないのである。

【雑誌掲載】

プロフィール

1951年生まれ。
1977年 北里大学医学部医学科卒業、
同年大阪大学第一外科医員。
大手前病院、奈良県立医科大学、大阪医療刑務所病院法務技官、国立呉病院、大阪府立病院、大阪警察病院呼吸器外科部長、大阪警察病院呼吸器外科客員部長、聖授会OCAT予防医療センター所長を経て現職。
1997年世界で初めて胸骨をつり上げた胸腺の内視鏡下手術を開発。
1999年内視鏡下手術の安全性をより高めるために、ハンドアシストを併用した胸腔鏡下手術法を発表。
重症筋無力症や縦隔腫瘍に対する胸腔鏡下手術の第一人者。
日本呼吸器外科学会終身指導医・特別会員、日本外科学会認定医、日本胸部外科学会終身指導医、日本小切開・鏡視外科学会設立理事、日本医師会認定産業医。

手術・医療相談

全国の医療施設で診断されました肺腫瘍や胸腺腫瘍の患者さんの画像再診断や今後の手術(内視鏡下手術)のご相談を行っています。すでに確定診断されました重症筋無力症患者さんの内視鏡下手術治療法のご相談も行っています。画像再診断や手術法のご相談を承っています。

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